みちくさチェンマイ

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2012年 01月 29日

森と生きる ④森の民パガヨーの抱える問題 วิถีชีวิตปกาเก่อญอ④

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                                             焼き畑に種をまく

「残念ながら現在のタイの社会では、
山地民は、
『貧しくて不潔だ』、
『焼畑などで、自然を破壊している』
などと、馬鹿にされています。

最近では、ペッブリー県のカレン族の村が、
国立森林保護地区に不法に滞在しているという理由で
森林局員らによって、
家や(竹で作った質素な家だが、それでも立派な彼らの家)
大切な米を保存する米蔵を焼き払われる事件がありました。
(ミャンマーとの国境を越えて逃れてくるカレン族難民がいて、不法にタイの森林保護区に侵入している、というのが政府側の意見)

私達の村も、今は居住が許されていますが、
同じように森林保護区内にあり、
ここに住むことは、実は違法です。
私達の村は、ここでの居住権を主張するだけの力があったので、
今は政府が認めていますが、
もし、自分達の権利を政府に対して主張する力がなければ、
この村も焼き払われていたかもしれません。

村は法律ができるより、遥か昔からここにあり、
この辺りに豊かな森が残っているのも、
私達の祖先が大事に手入れをしてきたからこそなのですが…」


スエさんは、村で制作したノンタオ村の地図を見せてくれた。

それを見ると、どこが農業用地で、どこの森林が利用可能なのか、
そして、どこが伐採を禁止した保護区域かが
一目でわかるように色分けされている。
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            指さしているところがコーヒーが植えられた森。その上の縦縞の森は保護区


よく山地民の農業について問題視されることに、
山の斜面を焼いて畑にする焼き畑農法があるが、
一般的に、無秩序な森林伐採が行われ、
環境破壊を引き起こしていると思われているようだ。


しかし、実際、村の焼き畑は、
もっと森の環境に配慮したものである。

例えば、大きな木は腰の高さくらいに切り、そのまま残す。
そうすることにより、
その木は数年で元の大きさぐらいに成長し、
森は再生する。

また、焼き畑は、村で定めている利用可能な森林内だけで行われ
その他の森は、伐採されることはない。


焼畑によって山火事が起き、
広範囲に森林が消失することも
非難を受ける原因のひとつであるが、
パガヨーの人々は、
畑を焼く前には、畑の回りに野火止めをして
飛び火を防いでいる。
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スエさんによると、
「村の焼畑の方法は、
できうる限り、森の生態系に負担がかからないよう、
使用するのは、わずか1年間です。
場所を移動しながら、5~7年かけて一巡りし、
最初の場所に戻った時には、
また、豊かな森に成長しているのです」ということだ。

一般に森を保護するというと、
手つかずの原生林を守ることだと思いがちだが、
実は、適度に人が手を入れることで
森に光が入る二次林(原生林が伐採や災害によって破壊された後、自然に、または人為的に再生した森林)
の方が、より生態系が豊かで、人にとっての恵みが多いという。 

焼畑で作った畑では、
米以外に50種類以上の作物や
野ネズミなどの小動物が獲れるし、
休閑の年数によって森の規模が異なるため、
そこで生息する動植物も異なり、
結果的に多様な生態系が維持されることになるのだ。

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                             豆、ハーブ、ナス、トマトなど、いろいろな野菜が収穫できる

そこには、森の再生する力を利用した、
人間が半永久的に森と暮らしていくための大きな知恵がある。
日本の「里山」にも共通する、手入れの思想なのである。



「タイの森林はイギリスの木材会社によって
約100年前から伐採が始まりました。
その後、国内での乱開発があり、
ついに森林面積が国土の約20%にまで減る深刻な状況になりました。

森林の分布を地図で見れば、一目瞭然なのですが、
現在タイに残る森林のほとんどの場所に、
パガヨーの村があります。
つまり、タイにかろうじて森林が残っているのは、
パガヨーが、昔から森を大切に守ってきたからなのです。

しかし、その事実を、ほとんどのタイ人は知りません。

後からできた森林保護の法律には、
初めから住んでいる私達パガヨーのことには
一言も触れられていないのです。

森と共に生きるパガヨーの生き方を、タイ人に知ってもらい
認めてもらうことは、私達の夢であり、活動の目標でもあります」
と、スエさんは淡々と語った。

都会の暮らしや考え方もよく知る、
若くて話上手な、この「なまけもののリーダー」が、
今後、シャイな村の青年を代表して果たす役割は大きいだろうと思った。


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                                  米蔵の下の水牛。大切な労働力



ノンタオ村では、今、20万本のコーヒーの苗を栽培している。
これらの苗は、スエさん達の取り組みに共感する、
他の村の人達に配られる予定である。

「最近は、パガヨーの暮らしも変化してきています。
教育費などの現金収入が必要になり、
中には、子供を大学にやるお金のために土地を売る者も出てきました。
森がなければ生きていけないパガヨーにとって、
これは深刻な問題です」
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スエさん達は、
街の人にコーヒーの木のオーナーになってもらう計画も考えている。

苗の植え付けや肥料作りなどの作業に参加してもらいながら
パカヨーの考え方を理解してもらうこと、
そして、苗の管理費用を負担してもらうことで、
コーヒーの生産を安定させ、
教育費など、村人に必要な現金収入にもつなげる、という主旨である。

もちろんオーナーは、
自分で収穫したコーヒーを飲む喜びが味わえる。
ぜひ、実現して欲しいプロジェクトだ。
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                                 森の中のコーヒーを収穫


「私達が求めているのは、
コーヒー栽培のみで生計を立てることではありません。
森の木を1本も切らずに育てている私達のコーヒーが、
街で飲まれることによって、
パガヨーの知恵や森と生きる暮らしを知ってもらう、
ひとつのきっかけになることを願っているのです」

スエさんは、昨年収穫したコーヒーを丁寧に淹れてくれた。
香り高い、ノンタオ村のコーヒー。
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スエさん達は、そのコーヒーに
パガヨー語で、「偉大なる山」という意味の、
「LAPATOラパト」という名前を付けた。
村人が霊山と崇めている
パーゲーム山の高い頂き
に見守られて育った森のコーヒー、
という意味である。

このコーヒーには、「なまけもの」を標榜するスエさん達が
村の将来をかけた、切実な想いが込められているのだ。

(おわり)


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ノンタオ村のオーガニック・コーヒー「LAPATO」では、
できるだけ美味しいコーヒーを飲んでもらうために、
基本的に注文を受けてから精製、焙煎しています。
去年、収穫した豆はすでに品切れですが、
今年収穫した豆は、5~6月から焙煎できる状態になるので、
興味がある人は予約も受け付けています。
【連絡先】hi.waw☆hotmail.com、osiwakorn☆yahoo.com (日本語可)(☆=@)


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by yunkao | 2012-01-29 14:39 | ちょっと遠くへ
2012年 01月 27日

森と生きる ③パガヨーのなまけもの哲学 วิถีชีวิตปกาเก่อญอ③

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                                                   中央がスエさん
「なまけものだから」と、
スエさんはまるで口癖のように繰り返し、
一緒に活動する若者グループを、「なまけものグループ」と呼ぶ。
彼がいう、「なまけもの」という言葉の真意は何なのか。

その夜、焚き火にあたりながら、
スエさんに聞いてみた。

「う~ん」としばらく考えて、スエさんは、
パガヨーに昔から伝わる物話をひとつ、話してくれた。

それは大体こんな内容だ。



昔、ご飯を食べるのも面倒だという
ひどいなまけものがいた。

毎日、果樹の下に寝ころんで、
口を開けて果物が落ちてくるのを待っている、ぐらいの大なまけものだ。

ある日、そこに7人姉妹のお姫様が通りかかった。

お姫様達はなまけものを避けて通ったが、
末娘のお姫様だけが親切に
なまけものの口に果物を入れてあげた。

しかし、末娘は、なまけものに果物をあげたせいで
王様の怒りを買い、宮殿から追い出され、
行き場を失って、
結局、なまけものと結婚することになった。

結婚後も、なまけものを嫌う王様との抗争は続いたが、
最後にはなまけものが勝利した。
その報酬として、
国中のすべての土地がなまけもののものになった。

しかし、なまけものは都をそのまま王様に返し、
自分は末娘と森の中で生涯幸せに暮らした……

という、なんとも不思議なお話だ。

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「パガヨーには、昔から伝わるたくさんの物語がありますが、
その主人公は、孤児や未亡人などの弱者
それから、なまけものが多いんです。

こういう人が主人公のお話は、
弱い人を助け、差別したり、いじめたりしてはいけないと
戒める意味もあるのです。

もし、村に実際に身寄りのない子供や未亡人、お年寄りがいたら、
食べ物を分けたりして、助け合うのが村の常識です」
とスエさんは言う。

社会的弱者はわかるが、
なぜそこに「なまけもの」が入っているのか・・・・



薪を足しながら、スエさんは続けてこんな話を始めた。

「村で農業をしながら、自然の中で暮らしていると、
全てのものが動いているという風に感じるんです。
たとえば、この星も動いているし、
私達も、一刻一刻年をとっている・・・・・。

でも、もし、自分がこの自然のスピードよりも忙しく動いている時は、
その動きを感じられなくなってしまうんです・・・・・・」



なるほど、口を開けて、
果物が熟れて落ちてくるのをじっと待っているなまけものは、
町に住む私たちにはわからなくなっている自然の動きを
よく知っているらしい。


でも、これだけではまだ
「なまけもの」の正体はわからない。


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スエさんは一昨年、日本に行った時のことを話し始めた。
(一昨年、スエさんは日本のアジア学院が行う、
「持続可能な社会と地域づくりのための有機農業をベースにした青年リーダーを育成するプログラム」に参加。
日本で9ヶ月間の研修を経験した)


「一昨年、日本に行った時に思ったんですけど・・・・・・


日本人は、計画的で規則正しく勤勉で、とても立派に見えました。
でも、私が知りあった方たちは、
将来のことで悩んでいる人が多かったですね。

そういえば、日本でお世話になったお宅では、
毎日、『明日、何時に起きますか?』と聞かれました。 
もちろん、翌日の予定のために聞いてくださっているのですが、
村の生活では、その時の状況や自分の調子次第ですから、
何時に起きると決めることは、あまりありません」

確かに、村の中では、
「状況次第でやりましょう」
というフレーズを何度も耳にした。

日本人は「なまけもの」ではない、ということか。



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                                          焼畑で育った陸稲を刈り入れる村人


スエさんは続ける。

「パガヨーにとって、
森と米は命と同じくらい大切なものです。
稲刈りを終え、米蔵に1年分の米が蓄えられると、やっと一安心できます。
そして、雨を貯え、水源となる森がなければ、その米も作れません。

ほかの山岳部の村にあるもっと大きなコーヒーの産地では、
昔ながらの稲作をやめて、
山を大きく切り開いてコーヒー畑にしているところもあります。

そこでは、コーヒーを売ったお金で、
自分達が食べる米を買うのです。
もちろんそれ以上の現金収入が得られるから、やるのでしょうが、
その代わり、売れるコーヒー豆を必死で生産しなければならなくなります。

もし、パガヨーが『なまけもの』でなかったなら、
その村と同じように森の木を切って、
コーヒー畑やトウモロコシ畑に変えて、
一生懸命働いていたかもしれません(笑)」
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現金収入を得るための利潤の高い新しい農業か、
森と共存する昔ながらの農業か。
どちらを選ぶかで、村人の人生観は一変する。


貨幣経済社会で育った私には、
後者の生き方は、なかなか実感を伴った理解が難しい。
スエさんが、町の人に言葉で説明するのもまた難しいであろう。

そういえば、昼間に棚田を通った時、こんな話も聞いた。

昨年、スエさんが丹精して育てた米が
害虫で全滅するという被害に見舞われた。
すぐに他の村人や他の村にいる兄弟が米を分けてくれて、
今年の分はなんとかなるそうだが、大変である。
もし、トウモロコシ畑しかなかったら、
どうなっていたのだろうか?


当たり前の話だが、
自然は人間にいつも都合のいいようにできているわけではない。
時に人間に災いをもたらすこともある。
だから、自然の中では、人は協力し合わなければ、生きていけない。

そして、自然の一部である人間自身もまた、
自分を完全にコントロールすることはできないのだ。
毎朝決まった時間に起きるために、目覚まし時計が要るように。



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                                               焼畑に種まきをしているところ。
ここまで話を聞いてきて、
スエさんたちの「なまけもの哲学」が、なんとなく理解できてきた。

自給自足で暮らす彼らにとって、
自然の恵みを最大限半永久的に得られる方法が、
「なまけもの哲学」なのだ。

そして、「なまけもの」と言っても、
村人を見る限り、本当になまけてばかりいるわけではない。
自給自足の暮らしなのだから当然だが、
そういえば冒頭の物語の主人公も、後半は大活躍していた。

ようするに、余計なことをしない、ということだ。
それは、私たちの価値観からすれば、
怠けているように見える。

スエさんいわく、
「パガヨーの生き方を町の人に説明するには
『なまけもの』という言葉を使うのが、
一番手っ取り早く、簡単なんです」
だそうだ。

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「なまけもの」の生き方とは、
「自然に逆らわない生き方」であり、
そうやって自然に合わせて生きるほうが
人間にとって本当の幸せをもたらすのだと、
パガヨーの物語は教えているのかもしれない。





④につづく
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by yunkao | 2012-01-27 02:46 | ちょっと遠くへ
2012年 01月 22日

森と生きる ②受け継ぎ、伝えたい森の知恵 วิถีชีวิตปกาเก่อญอ②

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                                                    長老に森のことを習う子供達

現在31歳のスエさんは、9人兄弟の6番目。
昔話を聞きながら村で育った。

ノンタオ村には小学校しかなく、
中学は5㎞離れた他の村の学校に通い、
高校は寮に入って、メーワンの町の学校に通った。

高校生の時、
バンコクで「森で生活し利用する権利を訴えるデモ活動」が行われた。
様々な山地民が民族を超えて集まり、
国会議事堂前で座り込みをしたのだ。

それに参加したスエさん。
大人たちに交じって、国会議事堂前に15日間座り続けた。

そこで、この国で自らの民族が置かれている立場や様々な問題、
お金がなくても勉強を続けたければ定時制の大学があることなど、
先輩達から多くの話を聞き、感銘を受ける。

そして、高校卒業を前に、進路を決める時、
スエさんは実家に帰って農業をすることを決意する。

自給自足で生きる両親には、
進学のための教育費を出す余裕はないし、
当時、兄弟も結婚して家を出たばかりで、
(カレン族は婿入り婚なので、結婚すると男性は実家を出ることになる)
家業の農業を担う人手が足りなかったからだ。

しかし、大学進学も諦めてはいなかった。
その後、定時制大学に進み、学位を取得。
現在は、やはり定時制の大学院の土日コースにて勉強中である。

「農業を選んだことを、全く後悔していません。
当時は村を離れて寮に入り、町の高校に通っていたので、
農作業をする機会があまりなく、
最初は不慣れで、上手くできませんでした。
でも、ベテランの父や母、
村の先輩達に教えてもらいながら、少しずつ学びました」
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スエさんは、自分の民族であるパガヨーの伝統文化に、強い関心を持っている。

例えば、パガヨーの男性には、森の中で、古くから伝わる武術を習う、
という修行があるのだが、
これは、師匠と共に森の中で7日間生活しながら、剣術などの武術を習うものだ。
そして、同時に、薬草の知識や、森の中でサバイバルする知恵と技術も身につけるという
昔ながらの学びの場である。

スエさんは、これに3度も参加した。
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                                                パカヨーの刀の舞い

また、村の老人を訪ねては、
パガヨーに伝わる昔話や物語を聞き集めた。

最近は父親や友人と協力して収集した
パガヨーの物語をまとめた本が出版されている。

「森と生きるパガヨーには、
素晴らしい知恵がたくさんあります。
学ばなければいけないことは、まだまだ沢山あるんですよ」
とスエさんは言う。


                                

そんなスエさんが心配しているのは、
若者たちのことだ。

「村を離れ、寮生活が長くなると、
農業はもちろん、
森の中で生き抜く知恵や自分で家を建てる方法など、
これまで村人が普通に持っていた知識を身につける機会がありません。

夜はテレビを見るか、ゲームで遊ぶだけ。
このままでは、自分達の文化が廃れてしまうのではないか……」


そんな想いから、スエさんはパガヨーの青少年を対象にした活動を
青年グループと共に、村の内外で開催している。
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例えば、森の中でキャンプをしながら、
長老達から森の知識やパガヨーの文化を学ぶ。
普段は政府の方針で、
小学校からタイ語の授業しか受けられないが、
活動の中では、全てがパガヨー語で行われる。

「100人の参加者の中から、
たった1人でも、自分達パガヨーの文化に興味を持ってくれれば本望です。
また、進学せずに村で暮らす若者の中には
劣等感を持ってしまう人も多いのですが、
彼らには、自分たちの文化に誇りを持ち、自信をもって欲しいです」
と、スエさんは語る。
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                       山地民の文化交流会でパガヨーの音楽を発表。左がスエさん。

「私がパガヨーの青少年を対象にした活動に関わって、15年以上になります。
でも、これは私達が始めたことではないのです。
実は父親の代から、ずっとやってきたことなんですよ」

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                                  子供たちにパガヨーの民族楽器を教える

彼の父親であるジョニさんは、
以前は村長も務め、
パガヨーだけでなく、タイの山地民全体のカリスマ的リーダーとして、
長年にわたって人権活動や環境保護の啓蒙活動を続けてきた人だ。
タイのテレビの討論番組などにパネリストとして出演することも多く、
問題を抱える多くの山地民の意見を代弁してくれる存在なのである。
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                                            ジョニさん



実は、ジョニさんは、日本に行ったことがある。
屋久島で行われた環境問題のセミナーに招待されたのだ。

「人の魂は樹からやってくる」と信じ、
森の木を大切に守っているパガヨーの長老に対して、
屋久島杉にパガヨーの精霊信仰の中で行われる「延命の儀式」をして欲しい、
という依頼があった。

さて、どの木を選ぼうかという時、
日本人の希望は、樹齢が数千年という、
最も古い杉に儀式を施して欲しいというものだったが、
ジョニさんが選んだのは、
樹齢600~700年の、その森では比較的若い木だったという。

「次の世代を育てることが、一番大切なんです」

という、父親の言葉を、スエさんは実践しているのである。

「変わっていくことは、悪いことばかりではないと思っていますが、
でも、本当に大切だと思えることは、
自分より若い人たちに、伝えて残していきたいです」

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                                           スエさんの村の森の授業にて



もう1つ、スエさんが父親から受け継いだものがある。

まるで、口癖のように、事あるごとに口にする、
「なまけもの」という言葉だ。

村で見たものに、いろいろな質問をすると、
「自分たちは、なまけものだから、こうするのだ」とか、
「自分たちは、なまけものだから、○○しないのだ」とかという答えをよく聞いた。

そして、一緒に活動している青年グループの名前は、ズバリ、
「なまけものグループ」である。 

え? そんなになまけてばかりでいいの? と最初は思ったが、
よく聞いてみると、ただのなまけものとは何かが違うようだ。

  
パガヨーの「なまけもの哲学」とは、
一体どんなものなのだろう。


③パガヨーのなまけもの哲学 วิถีชีวิตปกาเก่อญอ③につづく






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by yunkao | 2012-01-22 21:34 | ちょっと遠くへ
2012年 01月 22日

森と生きる ①森のコーヒー วิถีชีวิตปกาเก่อญอ①

前回のブログでも紹介したノンタオ村
そこに暮らすカレン族の人々は
森の暮らしの達人です。

彼らの生活に触れ、
今、都会で暮らす人にとっても
幸せに生きるための大切なことが、たくさんあると感じました。
それは、私にとって衝撃的なことでした。

その後、この村の青年グループのリーダー的存在である
スエさん(シワゴン・オードーチャオ)さんにインタビューする機会があり、
チェンマイの現地情報誌「ちゃ~お」に記事を書きました。

今回は、その記事を加筆修正し、
長いので、4回に分けてUPしてみます。

興味のある人は読んでみてくださいね。
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                                                  ノンタオ村
チェンマイの市街地より南へ約40キロ離れたメーワンの町から、
タイ最高峰であるインタノン山の方角へ、車で約1時間。
でこぼこの山道を行ったところに、「ノンタオ村」がある。

300年以上もの歴史があるカレン族の村で、
村人は自分達のことを 「パガヨー」と呼んでいる。
(※1 カレン族はタイの山地民の中で最多数を占める民族。多数のグループがあるが、タイ国内では4つのグループに分けられる。
「パガヨー」は一般的にスゴー・カレンと呼ばれるグループである。)

 

人口は560人。
そのほとんどが農業をしながら、
ほぼ自給自足の暮らしを営んでいる。


今回、お話を伺ったのは、シワゴン・オードーチャオさん。
パガヨーの名前は、スエさんだ。

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                                                Siwakorn Odochao

スエさんは、農業を営む傍ら、区村行政委員会(オーボートー)の委員長秘書をしている。
そして、パガヨーの伝統文化伝承を目的とした村の青年グループのリーダー的存在でもある。

スエさんのお宅の庭には、果樹やバナナの葉の陰で、
人の背丈よりも少し低いくらいのコーヒーの木が
赤や黄色の実をつけていた。
「コーヒーの木は、木陰でじっくり育つほうがいいんです」
とスエさんは言う。

村の各家庭の庭の木陰に
このようにコーヒーが植えられているのだ。

村のコーヒーは、約30年前に国連や王室プロジェクトの一環で、
阿片の原料となる芥子栽培(以前は合法だった)に代わる作物として、
梅や柿、梨、アボガドなどと共に導入された作物の1つだ。

しかし、コーヒーを飲む習慣がなかった村人はあまり興味を持たず、
さらに販売ルートも確保されていなかったため、
長年収穫されずに放置されたままになっていた。

その後、何年もたって、村の暮らしも少しずつ変わり
村人の中にもコーヒーを飲む人が増え、(ほとんどインスタントコーヒーだが)
コーヒーの木に関心を持つ人が出てきた。

それで、スエさんらが再び村のコーヒーの木に注目し、
3年前から収穫するようになったのだそうだ。

この3年間、チェンラーイ県の同じような山岳部のコーヒー産地を見学し、
試行錯誤を重ね、
収穫量はまだまだ少ないが、
ようやく美味しいコーヒーが作れるようになってきた。


飲めるコーヒー豆ができるまでには、下記のように多くの行程がある。

①収穫
②収穫した実を水につけ外の果実を剥く(実は堆肥にする)。
③2~3日水につけてぬめりを取り、さらに4,5回洗う。
④天日に1週間~15日間干す。
⑤麻袋にいれて保存する。
⑥焙煎前に薄皮をとる。
⑦ざるを振って薄皮と種を分ける。
⑧村で飲む豆は土鍋で焙煎し、販売するものはチェンマイ市内の焙煎所に焙煎を依頼する。



村人らが収穫した赤く熟したコーヒーの果実は、村の1カ所に集まってくる。
その後の、皮むきから乾燥、精製、焙煎までの作業は、
村の青年グループが手分けして行う。
熟成期間も含めると、少なくとも半年はかかる。 
 
想像以上に時間がかかる大変な作業だが、
乾燥させた豆は数年保存できるという利点もあるのだそうだ。

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                                      写真は昼間ですが
 
私が訪れた12月のノンタオ村は、南国タイとはいえ、夜はかなり冷え込む。
そんな中、青年グループのメンバーが
手作業でコーヒー豆を洗い、不良豆を選別していた。
水は冷たく、辛い作業だが、
長時間放っておくと実が痛んでしまい豆の質が落ちるので
大切な作業なのだという。

ほかのコーヒー農園に比べて、
すべての過程がより丁寧に行われるのが
ノンタオ村のコーヒーの特徴だ。
そして、それが味にも現われるのだそうだ。




翌日、村から少し離れた森へ、
コーヒーの実を摘みに出かけた。
30年前に植えられた森のコーヒーの木が実をつけているという。

なだらかに続く山道の途中、
稲刈りを終えた棚田をいくつか通り過ぎる。
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スエさんの棚田もあった。
牛が草を食んでいる。
 
重そうな背負子を背負った老婆とすれ違った。
山道なのに、素足だった。
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                                    すれ違ったおばあさん


「着きました。ここですよ!」
と言われても、一見どれがコーヒーの木かわからない。
 
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コーヒーの木は森の木影で、
他の植物と雑ざり合うようにして生えていた。

「この地域は、村人が自主的に『木を切らない』
と定めている森林保護エリアですから、
木は1本も切りません。

木陰に育つコーヒーは、
成長には時間がかかりますが、
樹の下の地面は水分が豊富です。
乾燥から守られ、
じっくりと栄養を蓄えながら育つコーヒーだから、おいしいんですよ」
コーヒーの実をつみながら、
スエさんがそう説明してくれた。

今年はあいにく不作のようで、
収量はわずかで残念だったが
実際に森の中に育つコーヒーを初めて見ることができてよかった。
こうして30年間、
人知れず実をつけていたのだ。
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「コーヒー・チェリーは食べられるんですよ」
とスエさんが言うので、ひとつ食べてみた。 
赤く色づいた実は、ほんのり甘かった。



②受け継ぎ、伝えたい森の知恵 วิถีชีวิตปกาเก่อญอ②につづく










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by yunkao | 2012-01-22 03:46 | ちょっと遠くへ
2012年 01月 15日

動く綿ゴミ ฝุ่นที่เคลื่อนไหวด้วยตนเอง

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今日は取材で旧市街のカフェに行きましたが
あいにくオーナーさんが留守で、空振りでした。

せっかくなので、お茶でも飲んで帰ろう。

ふと、何気なく、
机の上に落ちていた、
小さな綿ゴミに目をやると・・・・・




綿ゴミも一生懸命生きているのだな(笑)
と思い、ちょっと元気がでました。

明日も、がんばろう。








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by yunkao | 2012-01-15 01:50 | びっくり!小事件
2012年 01月 11日

焚き火にあたって、もち米を食べる งานบุญตานหลัวหินไฟพระเจ้า

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ラーンナー(北タイ近辺の昔の呼び方)の暦では、1月は4月になります。             งานบุญตานหลัวหินไฟพระเจ้า
この4月の満月の早朝、
「ピンファイ・プラチャーオ」という儀式がお寺で行われます。

タイとはいえ、朝夕かなり冷え込むこの時期に、
お堂の仏像も温めて差し上げよう、というもので、
本堂の前に薪が組まれます。



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今年、タイは1月8日の日曜日が満月でした。
おかげで、平日は働いている人も、
今年はこの儀式に参加しやすかったようで、
普段忙しい知人が私を誘ってくれました。

薪用の木は、なんでもない普通の棒に見えますが、
森の中で探してきた特別な種類の木だそうです。
外側の皮がきれいに剥いでありますね。
写真のように、各自持ち上げて、お経を唱えてから、
本堂の入口前に組みました。

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これは昼間の1シーンです。
銀の鉢を持って、拝んでいる人がいますが、
銀の鉢に入っているのは・・・・・・


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お米です。

この時期は、稲刈りを終え、新米が出回る季節。
お寺によっては、こんな風に新米をお供えするところもあるんですね。

さあ!
薪やお米をお供えし終わりましたよ。

翌朝、早朝4時。
まだ真っ暗な夜空には、ぽっかりと大きな満月が浮かんでいます。

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ご住職と共に、御本尊を前にお経をあげた後……

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薪に点火!
しばらくすると、薪は大きな炎をまきあげて燃えさかりました。

お寺に泊まりこんで儀式の手伝いをしている人たちも
温かい炎の周りに、自然と集まってきます。

その赤い炎に照らされた御本尊の仏像も
「こりゃあ、あったかい~」
と、顔をほころばせているように見えるから不思議です。
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その横に、もう1カ所、人が集まっているたき火がありました!
そこでは、なにやら竹を並べて、あぶっています。

実はこれ、「カーオラーム」という食べ物なんです。
竹の筒の中に、新米のもち米とココナッツミルクを入れて
焚火で蒸し焼きにします。

北タイではこの満月の朝に、
できたてのカーオラームをお寺に持っていく
「ターン・カーオラーム」という風習があります。
しかし、チェンマイの街中から田畑がなくなるにつれて、
その風習も廃れてきているそうです。

仏像を温める「ピンファイ・プラチャーオ」の儀式も、しかり。

祖先が伝えてきた風習を無くしてはいけない、と、
最近になって、市内の数か所のお寺で、この儀式が復活しました。 


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カーオラームは竹の外側の皮を削いでから、
内側の白い皮を、バナナの皮をむくように剥いで、
中のあっつあつのもち米を食べます!

それぞれの家で仕込んできたカーオラームが一同に集まるから、
それぞれの家の味付けが楽しめますね。

小豆入り、エゴマ入り、海苔(!)入り、などなど。

見ず知らずの人が、
ほら、あなたも食べなさいよ、とちぎって渡してくれました。
あっつあつ、ほっかほか。
ココナッツミルクの、ほんのり甘くしっとりとした風味が、なかなかいけます。
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本当はお坊さんに差し上げるための行事なのでしょうが、
こんな風に、儀式に参加した人とわいわい一緒に食べると、おいしいな~

朝を迎える清々しい空気の中で、
カーオラームをほおばりながら、
来年も続けてほしいなと思いました。






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by yunkao | 2012-01-11 01:33 | きらきら☆歳時記
2012年 01月 05日

カイガタのお店と黄色いシャツ ร้านไข่กะทะเลิศรส

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「カイガタ」という、タイでポピュラーなベトナム料理です。
だいたい朝食に頂くメニューです。
アルミの小さなフライパンで、
一人前の目玉焼きを焼いて出してくれます。
「ムーヨー」や「クンチヤン」というタイのソーセージや
カリカリに揚がったシャロット、パクチーがトッピングされています。

これにプチ・フランスパンと
コンデンスミルクが入ったあま~いタイ・コーヒーがセットで55B。
手軽でおいしい朝食です。


タイでもラオス国境付近の町には、
たいていこの「カイガタ」のお店がありますが、
さすがに、チェンマイではなかなかお目にかかれませんでした。
でも、こちらの「ラーン・カイガタ・ルーッロット」
で、毎日食べられますよ~。


そして、
嬉しいのは、これ!!
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うどんのようなベトナム麺
「クウェチャップ・ベトナム」。

讃岐うどんほどのコシはないですが、
むっちり太めの麺は、満足感たっぷりです。

私はこれが大好きで、
チェンマイではあちこち食べ歩いていますが、
これほどしっかりした麺は、ここでしか味わえません!

日本人なら誰でもほっとするおいしさ。
あっさりした出汁に卵を割りいれてもらうと、
「月見クウェチャップ」になります^^

タイでは普通、生卵は食べませんが、
店主によると、
親戚が経営している鶏卵農場から
直接届く卵だから、新鮮とのこと。
なので半熟玉子も安心していただけるそうです。
卵も販売しています。

肉派の人には、
スペアリブうどん(クウェチャップ・グラドゥーク・ムー)もあります。

そして、
麺もソーセージもパンも、
本場イサーンのウドンターニーから、2日に1度届くんですって。

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カリッと焼いて出してくれるパンは
もち米粉が使われています。
主食がもち米のイサーン(北タイもですが)ならではでしょうか。
ライトな食感でほんのり甘味があり、
コンデンスミルクをぬってもらったり、

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豆腐ときのこ炒めをはさんだりと、
具は数種類から選べます。

お店の人によればクウェチャップの麺にも、
もち米が入っているらしく、
確かに、この独特のむっちり感はもち米ならでは! だと思われます。
せひ、一度味わってみてくださいね。


カフェスタンドのような小さなお店ですが、道端にも席がありますよ。
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実は、このお店は
5年ほど前は仕立て屋さんでした。

今とかなり様子が違います。
見てみましょう。

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ちょっと電線が邪魔ですが.......(苦笑)                                 ปี2550
この黄色いシャツの看板がトレードマークでした。

まだ、黄色シャツ、赤シャツ騒動が起きる以前で、
国王の誕生日の曜日(タイの人は生まれた曜日を気にします)の毎週月曜日には、
みんなで黄色いシャツ(曜日によってラッキーカラーがあります)を着ていた頃です。

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                                               当時も卵が売られていました(↑)
ウィニットさんご夫婦が営む、創業40年以上になる仕立て屋さんでした。  
国王が即位60周年の記念にと、
15日間かけて、世界一大きな黄色いシャツを作ったのだそうです。

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「黄色いシャツを表につるした時には、テレビや新聞が取材に来ました。
普通のシャツ12人分の布を使いましたよ。
バンコクの人が2人マネをしたそうですけど、うちが元祖です」
なんていう話を聞かせてくれました。

ウィニットさんの親友が
ウドンターニーでカイガタ屋さんを営んでいたので、
娘さんのメイさんがそのレシピを習いうけ
ここでカイガタ屋さんを始めたのだそうです。

そして、仕立て屋さんは、
娘さんの働きぶりを眺めつつ、
店の奥にて、今も静かに営業中です。

オーナーのメイさん(中央)は、お話し好きな、とっても元気のいい女性。
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お腹もいっぱい、元気もいっぱい!
シャツを仕立てたい方も、ぜひ、どうぞ。













時間 6:00~15:00
電話 08-4609-6904
住所 37 Prapokklao Rd. Muang,Chiangmai 50200
チェンマイ門市場東側の路地入って左側
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by yunkao | 2012-01-05 01:22 | ラムディ~!(おいしい)
2012年 01月 02日

明けましておめでとうございます

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明けましておめでとうございます。

昨年はこのブログを見ていただいて、
ありがとうございました。

今年も、
チェンマイが好きな方に、
変わらないチェンマイの良さを伝えられたらいいなあと思っています。

そして、チェンマイを知らない方にも、
チェンマイののんびりした空気を
ちょっぴりおすそ分けできればいいあと思います。

今年もどうぞよろしくお願いします。



大晦日、
大学時代の後輩がチェンマイに集まり、
私も夕食をご一緒できて、楽しいひと時を過ごしました。
10年以上ぶりに会えた人もいました。
時が過ぎる早さには驚きますが、
この時間の中で、それぞれ、いいところが増幅し、
皆、素敵な大人の女性に成長しているのを目の当たりにして、
とても嬉しく、自分もがんばろうという気持ちになりました。



お正月の3時に、
お土産で頂いたおやつを頂きました。

「人生、七転び八起き」
転んでも、また起きる、
転ぶことを怖がらずに進める年にしたいと思います。


皆さんも、どうか幸多き1年になりますように。





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by yunkao | 2012-01-02 03:02 | 今日のおやつ